営業部門がAI Agentを導入し、顧客の要件を読み取り、データベースを検索して、見積書のドラフトを作成するとします。従来は40分かかっていた見積作業が、今では8分で完了します。年間で積み上げれば、削減できる工数は相当なものになり、担当者も導入前後の具体的な数値を示せます。
しかし、顧客はその違いをまったく実感できないかもしれません。
顧客が気にするのは、見積もりを依頼してから回答を受け取るまで、結局どれだけ待ったかです。この時間は、大きく二つに分けられます。一つは誰かが実際に作業している時間、もう一つは書類がどこかに置かれ、次の担当者が引き継ぐのを待っている時間です。AIを単一工程に導入して短縮できるのは、通常、前者です。後者が全体の大半を占めているなら、一つの工程だけをどれほど高速化しても、プロセス全体はそれほど速くなりません。
実際の作業時間は、想像以上に短いかもしれない
リーン生産方式の名著『Learning to See』には、非常に象徴的なバリューストリームの事例があります。あるプレス工場で一つの部品を製造する際、実際の加工時間は合計188秒にすぎません。しかし、原材料が工場に入ってから完成品として出荷されるまでには、23.6日を要していました。換算すると、加工時間は全工程の約0.01%にすぎず、残りの時間はすべて待機と順番待ちに費やされていたことになります。
ホワイトカラーの業務にも同じような状況があります。Asanaが2023年に6カ国、9,615人のナレッジワーカーを対象に実施した調査では、回答者は平均して勤務時間の58%を、調整、進捗確認、資料探しといった「仕事のための仕事」に費やしていました。
仕事にコミュニケーションや調整は欠かせません。問題は、企業がAIで高速化しようとしている工程が、プロセス全体で最も時間のかかる部分とは限らないことです。一つの作業で何分短縮できたかだけを見ていると、AIがプロセス全体にもたらす効果を過大評価しやすくなります。
見積プロセスを可視化すれば、時間がどこで滞留しているかがわかる
製造業で一般的な見積プロセスを見ると、通常、一つの見積書は次の七つの工程を経ます。
- 営業による受付:顧客から図面、数量、納期、材質に関する要件を受け取り、添付資料がそろっているか確認する。
- 技術部門による確認:図面、公差、材質、製造工程上の制約を確認し、追加確認が必要な項目を洗い出す。
- 購買による見積依頼:材料や外注工程に応じて仕入先へ見積もりを依頼し、回答を取りまとめる。
- 生産管理による納期見積もり:設備の稼働状況、金型の状態、仕掛品の量、生産スケジュールを確認する。
- コスト集計:材料費、加工費、外注費、梱包費、輸送費を合算する。
- 管理者による価格承認:粗利益、例外的な価格設定、支払条件を確認する。
- 営業による見積送付:所定の見積書フォーマットに整え、バージョンを確認して顧客に送付する。
プロセス自体は明確に見えます。しかし、実際に一度流してみると、引き継ぎのたびに待ち時間が発生し得ることがわかります。
添付資料を人手で転送している場合、技術部門がいつ確認するかは、誰かが催促するかどうかに左右されがちです。技術部門が確認を終え、結果を共有フォルダに保存しても、購買部門と生産管理部門は、それぞれ通知が届くまで待たなければなりません。仕入先からの回答がメールボックスに届いても、取りまとめが始まるまで、さらに時間が空くことがあります。生産管理部門は、技術部門と購買部門の両方から結果がそろうまで、スケジュールの検討を始められません。コスト情報が一項目でも不足していれば、見積書全体がそこで止まり、誰かが問い合わせるのを待つことになります。その後、価格承認書類は管理者のメールボックスに置かれ、管理者が対応できるまで待機します。承認が戻ってきた後も、営業担当者が手作業で正式な見積書フォーマットに整えなければなりません。
ここでいう引き継ぎコストとは、必要な情報がすでに社内へ戻っているにもかかわらず、まだ誰も処理を引き継いでいない時間を指します。顧客による資料の追加提出や仕入先からの回答待ちといった外部要因による待ち時間は、企業が直接短縮できないため、計算には含めません。
単一工程をどれほど高速化しても、早く順番待ちに入るだけかもしれない
冒頭の例に戻りましょう。AI Agentが技術判断やコスト集計を短時間で完了できても、添付資料を人手で転送し、価格承認書類がメールボックスに放置されたままであれば、従来の待ち時間は短縮されません。
技術部門が早く作業を終えても、次の工程が始まらなければ、その案件が早く順番待ちに入るだけです。一つの部門だけを見れば、処理時間は確かに短縮されています。しかし顧客から見れば、見積もりを依頼してからの待ち時間は変わりません。
実務の現場で、顧客に「納期が安定しない」「待ち時間が長すぎる」と感じさせるのは、上位者への承認が必要な案件や、資料の追加提出を何度も繰り返す一部の案件であることが少なくありません。こうした案件は必ずしも処理が最も難しいわけではありませんが、いくつかの引き継ぎ地点で繰り返し滞留する可能性があります。問題を特定するには、まず待ち時間を記録する必要があります。
引き継ぎコストをどう測れば、共通認識を持てるのか
方法は複雑ではありません。各工程で、受付、処理開始、処理完了、引き渡しの四つの時刻をそれぞれ記録します。受付から処理開始までの差が、その工程における待ち時間です。
この記録があれば、AI導入の成果を評価するときに、ある一つの工程で短縮された時間を、そのままプロセス全体の効率向上とみなすことがなくなります。管理者は、どの工程の待ち時間が最も長いか、どの案件が繰り返し滞留しているかを把握し、どの反復作業をAI Agentに「先回りして」処理させるべきかを判断できます。
たとえば、案件を受け付けた時点で、AI Agentが添付資料の確認と初期判断を済ませておきます。次の担当者は、資料の整理から始める必要がなく、準備済みの内容をすぐに処理できます。これにより、一人分の作業時間だけでなく、その後の待ち時間や確認の往復にかかる時間も削減できます。
三つの導入方法は、それぞれ異なる基準で評価すべき
McKinseyは2025年の調査で、カスタマーサービスにおける案件処理を例に、AIを導入する三つの方法を比較しています。単一工程でAIによる支援だけを提供した場合、解決時間と生産性の改善幅は約5~10%でした。AI Agentを既存のプロセスに接続した場合は、所要時間を20~40%削減し、滞留案件を30~50%減らせます。さらに、AI Agentが自律的に処理できることを前提にプロセスを再設計した場合、解決時間を60~90%短縮できます。
これらの数値は特定の事例に基づくものであり、すべての企業にそのまま当てはめることはできません。ただし、三つの方法の違いは明確です。投資規模が異なれば、プロセスを変更する範囲も異なります。当然、すべてを同じ基準で評価することはできません。
企業が単一工程での支援だけを導入するのであれば、その作業の処理時間を短縮することが妥当な目標です。プロセス全体の改善を期待するなら、前後の工程をどう引き継ぐかまで見直し、場合によってはプロセス全体を再設計する必要があります。
AI Agentが連携してこそ、プロセス全体を高速化できる
複数のAI Agentが互いに成果物を引き渡すには、前の工程を担当するAgentの出力が、そのまま次の工程を担当するAgentの入力として使える必要があります。また、これらのAgentが同じ企業知識を参照し、権限管理と監査の仕組みを共有することで、管理者は各工程のコスト、品質、例外事項を把握できるようになります。
プラットフォームはプロセス連携の基盤を構築できます。しかし、エンドツーエンドで管理するには、プロセス全体の結果に責任を持つ担当者が必要です。このプロセス責任者は、二つの点を継続的に追跡しなければなりません。顧客の要望を受けてから見積書を送付するまでに、合計でどれだけの時間がかかったのか。そして、案件が現在どの工程で滞留しているのかです。
見積もりの例に戻ると、導入効果を測るうえで最も重視すべき数値は、顧客が見積もりを依頼してから見積書を受け取るまでの総所要時間であり、特定の工程における作業時間ではありません。
本記事は、Intellicon Solutionsの『Agent-Ready:台湾製造業向けAI活用ホワイトペーパー』から抜粋したものです。ホワイトペーパーでは、単一タスクから部門横断型ワークフローへと三つの段階で移行する方法を詳しく解説し、12問のセルフチェックリストも掲載しています。